お知らせ2010.12.01
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こころの風景の新着記事

2010年08月26日

更新休止中

このブログの更新をしなくなって1年が経過し、さてこの先どうしたものかと思案するものの、いまだ結論が出せずにいます。スッパリ消滅させるか? 後々使い所があるかも知れないので残して置くか?

1年前はネット三昧も許される日々だったのが、「時間」と「頭の中」を老齢となった両親へのサポートや心配が占めるようになり、生活も変わってきました。ネット利用やネット活動をやめたわけではないのですが、活動範囲は徐々に縮小していきました。最近はハンドルネーム“Marumameko”としてのネット活動は殆どせず、自分自身の中でも“Marumameko”は陰が薄い存在です(笑)

「多忙」だから、ではなく「心境の変化」なのだと思います。その変化が今も進行形なので、“Marumameko”としてのネット活動(何かについての発言)にピリオドを打つのか、あるいは猶予しておくかの結論が出ないのでしょう。

そんなわけで、今しばらくは“Marumameko”そしてブログ『こころの風景』は「更新休止進行中」とし、趣味に絞った範囲でのネット活動(サイト更新、Twitterなど)をしていくつもりです。

ネットの環境や話題の進行速度はおそろしく速く、後れをとらないように新しい情報を取り込んでいないと取り残され、常に何かについて発信したり発言していないと、“ネットに居ないも同じ”とも言われます。

でもね、興味と好奇心がありさえすればいつでも飛び越えられる。そしてまた新たな「場」も見つかるでしょう。
posted by Marumameko at 12:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年04月08日

ブロガーの尊厳 - 今の気持ち(3)

前記事で述べたように「上から目線」について書かれたものを幾つか読みました。そのなかにハッと気づかせてくれるものがありました。
ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。
結果を出そうとして、はやく相手を動かそうと焦ると、
どうも、相手の非を指摘したり、相手に変われ、と
おしつけたりしやすい。

だいたい、「人を動かそう」ということ自体、
すでに自分のコミュニケーションは、
「上から目線」なのだ。
(中略)
人を動かす、というとき、動かすのは言動ではなく、
心なんだな、と思う。

(中略)
急いで結果を出そうとし、焦る。
そのために急いで相手を動かそうとしている。
そのために理詰めで相手を説得する。
無意識に上から目線になっている。
そう。最近までの私がまさにこれ。さすがプロの物書きの説得力は違う。そして…
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posted by Marumameko at 18:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク

上から目線 - 今の気持ち(1)

「上から目線」という言い方については以前から引っかかりを覚えていたのですが、ここ最近複数の人から「あなたのブログは上から目線だ」と言われてしまったこともあり、真剣に考えてみました。

私自身は上から目線で記事を書いているという気持ちは毛頭なく、逆に今まで誰かから上から目線で言われたと感じたこともありません。しかし“気持ち”を推し量れないわけではありません。

その上で敢えて言いますが、相手を「上から目線」と言ってしまうのは、自分で自分をおとしめているのではないでしょうか。すべての分野において秀でている人間などいません。一歩後を歩いていたとしても、あるいは意見や視点を異にするといえども、それは人格とは関係ありません。この当たり前の事実を忘れているのではないでしょうか。

今までの信条から自由になってでも自分の成長と変革を望むのなら、人に学ぼうとします。そういう姿勢を是とするなら、「上から目線」という言葉で批判する自己矛盾に気がつくはずです。

「上から目線」について書かれている幾つかのブログを読みました。

はてなブックマーク > web を トレッキング > *上から目線(Marumamekoのはてなブックマーク)
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posted by Marumameko at 14:36 | Comment(4) | TrackBack(1) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年03月18日

残照 - 春に想う

白木蓮が今を盛りと咲いている。

たそがれどき、白木蓮は色めく。
暮れなずむ頃の、薄ぼんやりとしたなかに
残照を集めてほのかに浮かぶ白木蓮。
なんとなまめかしいことよ。

湿り気を帯びた生暖かい風が私を包む。
からだの奥がざわざわとする。

年を重ねると
夏の木立の、もりもりとした緑が放つエネルギーに、
気圧されてしまうようになってきた。

何もかも削ぎ落とした、冬の裸木の凛とした気高さに
憧れはしても到達できない中途半端な年齢。

だから今は
残照のなかでひそかな、そして高貴な色気を漂わせて咲く
白木蓮に、私はなりたい。
posted by Marumameko at 18:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年02月04日

思索するという楽しみ

大学生の勉強時間と読書時間が減っているんだとか。昨夜のテレビニュースで、調査報告だとか、大学生へのインタビューだとか、海外との比較とか、研究者のコメントとかのトピックスを見まして。

大学は学生を簡単に卒業させないほうがいいんじゃないとか、義務教育と高校教育に問題があるのか?とか、知識詰め込み教育より考える力を養う教育?とか、あぁ日本の将来は暗いとか、豊かさが原因?とか…思ったけど、そういうのは脇においておく。

言いたいのは、人間の一生のうちでニューロンの数が一番多い時期に、学んだり思索したりして脳細胞を使わないなんて、なんともったいないことよ…ということ。学ぶことや思索することは社会人になってからでも出来るけど、ハタチ前後の頃に読書し学び思索していたかどうかは、結構大事だと思うな。その後の生き方に案外大きな影響を与えると思う。あの頃の私があって今の自分…みたいな。
もちろん「学習」も「思索」も大学の授業だけではないから、学歴云々は関係なく。
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posted by Marumameko at 17:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク