お知らせ2010.12.01
現在諸事情によりコメントは受け付けていません。

こころの風景の新着記事

2006年01月24日

文体について

お気づきだろうが、このブログでは記事によって文体が「だ・である調」だったり「です・ます調」だったりマチマチである。そのときの気分によって変えているのではなく、もちろん意図して使い分けている。自分の意見を表する場合は論文調で「だ・である」とし、日記的カテゴリー「日日歳歳」の場合の多くは当たりが柔らかな「です・ます」で。カテゴリー「山の風景」はエッセイを意識しての「だ・である調」という具合である。また断定の助動詞の違いだけではなく、文語体、口語体の扱いも当然意識している。

メインサイトのホームページの主要コンテンツは「だ・である」で統一しているが、その理由はただ単に字数の節約である。開設当時はブロードバンドの時代ではなかったから、読んでくれる側のダウンロード時間に配慮し、とにかくページサイズを少しでも軽くしたかったのだ。もっともどちらかといえば「だ・である調」が書き慣れているということもある。

しかしこのブログの場合、以前の記事で書いたように「おでんブログ」(参照)なので、記事の内容によっては「だ・である調断定」では硬すぎて調和しないということが起きる。文体をコロコロ変えることは、このブログ自体のイメージ、そしてこのブログを書く「私」についてのイメージがボケやすいから損だと思う。しかし記事の雰囲気を優先している。雑多な話題を盛り込んだブログであると、こんなところでも苦労する。

ブログではアナログ媒体での文体ではない、ブログ向きの文体というものもあるように思う。私は「語り掛け調・口語体」のブログもけっこう好みなのだが、自分でやってみると案外難しい。ユーモアを備え、品を落とさず、かつイヤミならない口語体文章を書くことは至難の業。いや口語体の場合は「業」や「技」ではなく、書く人の人柄がそのまま表れる。また読む人の好みも分かれるところだろう。

で、私なりの工夫。
親しみや素(す)の私をアピールを強調したいときに口語を取り入れる。東京人なので「ちょっと」「…ちゃって」「んに転訛(例;なのだ→なんだ)」が多用される(もっとお国訛りを活用できる人が羨ましい)。また文章を短く区切らずダラダラと書き続け、時にはセンテンスの途中でひょいと趣旨が変わってしまったりするのも直さず、意図してそのままにしておく。思いつくまま書いている過程が見え、息づかいを感じる文章にしたいからである。狙った効果があるのか、あるいは狙いがかえって裏目になっているかどうかはわからないのだが。

読みやすいように段落の間隔を空けるのもコツである。人気ブログに多く見られる、突然フォントを大きくしたり途中の意味もない空白はやりすぎだと思うのでやらない。顔文字については掲示板やメールはともかく、記事ではあまり使うべきではないと考えるのだがついつい(^^; ただし、星や記号が華々しく飛び散る派手な顔文字と、2ちゃんねる御用達の顔文字は好みではないので絶対に使わない。

と、書いてはきたけれど、実は気分で文体を決めることもしばしば。書き終えてから内容に文体の雰囲気がマッチしないような気がして、あとから助動詞をせっせと書き換えることもある。結局自分の文体が確立されていないということなのだろう。

文体の魅力で読ませるブロガーは尊敬に値する。またそういう魅力的な文章を書く、あるいは意図せず書けるブロガーが、数え切れないほど存在する日本は、なんかスゴイのではないだろうか。
面白くて理解しやすく読みやすい、そして惹きこまれるような文章を書くことは本当に難しい。すらすらと素敵な文章を書ける人が、本当に羨ましい。
posted by Marumameko at 14:56 | Comment(2) | TrackBack(0) | web・blog考 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
どちらの文体にしろ、書く人のいろんな面が分かって楽しいです。「だ、である」の理知的な感じも好き。ちゃんと意識して文章を書いてるってだけで、尊敬してしまうわたしです。
Posted by ろくのママ at 2006年01月24日 17:09
ちゃんと意識してって言われるとハズカシイ。
いろいろ変えて実験したり楽しんでるってとこもある(笑)
付き合わされる読者は迷惑かも知れないけど(^^ゞ
Posted by Masako at 2006年01月24日 17:39

この記事へのトラックバック

最近のトラックバック