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2008年03月17日

ネットコミュニケーション

トラックバックというブログでこそのコミュニケーション
前記事「ブログはコミュニケーションに向かない  」では気持ちが先行して単なるボヤキを書き、ろくに推敲もせずにUPしたのでしたが、かえってそういう記事の方が人の心にストレートに届くようです。個人ニュースサイト「明日は明日の風が吹く」に取り上げていただいた([ネット]ブログのコメント欄レベルでも、昔のサイトの頃よりコミュニケーションが出来るだけマシとは思う……よ )ことから、トラックバックをいただきました。

「雑談あってのつながり」と思うと、たしかに辛い仕組みですね。 - CONCORDE
もう少し限定して言うと、雑談には向かない。
そうそう!

(中略)
雑談なくして(継続的な)つながりは生まれにくい。論客同士とか真面目一徹な方面ならいざしらず。

"気が合うひと"とのおしゃべりを楽しむ、ことにネットワークコミュニケーションの楽しみを感じるなら、雑談なくしてどうして相手を得られましょうか、と。

(中略)
"気の合いそうなひと"という時点で、おしゃべりを続けられるようにうまくつなげられれば、もう少しコミュニケーションの満足度も上げられるような気はするのですが(そういう志向であれば、ですが)、うーん。
そうです、そうです!私は雑談がしたかったのです。
で、どうもブログは雑談コミュニケーションには向かないな、複数の人と雑談するならツイッターがいいかな…と言いたかったのです。表現しきれなかったことを補足していただき、私自身明解になって有難い記事でした。おまけに『雑談なくして(継続的な)つながりは生まれにくい』という指摘にも、もやもやしている部分の霧が晴れ、いろいろなことに気づくことができました。

こういうふうに、繋がってはいなかった人と記事で繋がり、感じていること書いたことに共感や反応をいただき、補足や指摘やときには反論をいただくことこそブログ独特のコミュニケーションであり、ブログの醍醐味です。他者の指摘で気づき、更なる次への思考に繋がるインスピレーションが閃く。ワクワクします。面白いです。ブログをやっていて、そしてブログを雑談コミュニケーションの場にはしない方針でやってきて良かったと思う瞬間でした。

雑談コミュニケーションもしたい
で、ここからはまたしても個人的なボヤキなのですが(笑)
私の場合趣味(登山・ハイキング)を同じくする人たちと、かつてはメーリングリストとサイト(いわゆるホームページ)の場で交流してきました。小規模MLでのカジュアルなやりとり、掲示板でのコメント合戦…面白かったですよー。私自身のweb日記のコメント欄も然り。それがブログ時代になってからはブログでの交流に変わっていきました。

それをそのまま続けていれば、続けることに満足していれば、今頃ボヤくこともなかったのでしょう。しかし私には飽き足りませんでした。ブログの醍醐味が別にあることを知ってしまったからです。で、伝えたいので書くわけです。ブログで書くなら広いネット社会に目を向けるともっと面白いよ、見知らぬ人と記事で繋がるワクワク感は素敵だよと。でも彼らの大方は無反応。そうです。広いネットの世界に向けてブログを書くようにしたら、身近な読者さんを失ったのでした。

いや私だけが持つ疎外感を、どうこう言っても仕方ありません。私は彼らと培ってきた「関係」を大事にしたい。生活感覚が近いということは重要なこと。そして山道を一緒に歩くときを想像したとき、この人たちとなら無理に繕う必要がなさそう、気持ちよく歩けそうと思える彼らとネットで出会えたことは、素晴らしいことだと心から思っています。私はもうみんなのブログをマメに読みに行きいつも必ずコメントすることは出来ないけど、あなたたちとはずっと繋がっていたい…。だからそれぞれの場としてのブログ以外で、雑談コミュニケーションがしたいだけなのです(自分中心で虫が良すぎるとは思うけど)。ツイッター(に限らずミニブログ)がその場となりうるかどうかは断言できないけれど、ブログより向いているでしょう。ブログをやっていない人、忙しくて頻繁に更新できない人でも気楽に気軽にできますし。

ブログをどんな形で書いていようが、誰にとっても、ブログは発信の場として、雑談コミュニケーションの場は別にと分けてwebサービスを使い分けると、いくらかすっきりするんじゃないかと思うんだけどなあ。
posted by Marumameko at 18:18 | Comment(2) | TrackBack(0) | net このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
トラックバック受領しました。

エントリ末尾とは真逆のような表現になりますが(苦笑)、ぶっちゃけて言うと、「こっちの話題の下で気が合う」ひとが、「あっちの話題」もしくは雑談でも気が合うとは限らないのが事実ではあるかもしれません。
それはそれで「その話題がある限り」つながりを維持できればOKといえるのですが、逆パターンが、ね。

"小難しいことは何言うてるかさっぱり分からへんけど、他愛ないことは気が合うねん"ってひと、を「見つける」のが……
個人的にもそういう方向のネット知人というのが"過去の資産を食いつぶす"ような状態になっているので(^^;。
(たとえばブログという)場に依存したつながり、という脆弱さが寂しくもあり不安でもあり、といったところです。
Posted by Tristar at 2008年03月17日 23:34
Tristar さん
コメント、ありがとうございます。
「こっちの話題」でも「あっちの話題」でも気が合う人が見つかって、
繋がりが出来れば一番幸せなのですけど、難しいですね。
現実社会においてさえ「近所の人・会社の同僚」程度の付き合いと
「趣味仲間」また「親友」と付き合い方の使い分けしているわけですから
ネットでも「こっちの話題」と「あっちの話題」でそれぞれ気が合う仲間を見つけて
交流の場を使い分けるのが良策なのでしょう、きっと。

>…そういう方向のネット知人というのが"過去の資産を食いつぶす"ような状態…

という箇所が気になります。
なんとなく「ああ、そうか」と思い当たる部分もありまして。
Posted by Marumameko at 2008年03月18日 12:48

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