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2008年02月04日

思索するという楽しみ

大学生の勉強時間と読書時間が減っているんだとか。昨夜のテレビニュースで、調査報告だとか、大学生へのインタビューだとか、海外との比較とか、研究者のコメントとかのトピックスを見まして。

大学は学生を簡単に卒業させないほうがいいんじゃないとか、義務教育と高校教育に問題があるのか?とか、知識詰め込み教育より考える力を養う教育?とか、あぁ日本の将来は暗いとか、豊かさが原因?とか…思ったけど、そういうのは脇においておく。

言いたいのは、人間の一生のうちでニューロンの数が一番多い時期に、学んだり思索したりして脳細胞を使わないなんて、なんともったいないことよ…ということ。学ぶことや思索することは社会人になってからでも出来るけど、ハタチ前後の頃に読書し学び思索していたかどうかは、結構大事だと思うな。その後の生き方に案外大きな影響を与えると思う。あの頃の私があって今の自分…みたいな。
もちろん「学習」も「思索」も大学の授業だけではないから、学歴云々は関係なく。

よく「学ぶ喜び・楽しさ」と言うけれど、実際脳細胞を活性化させるとある種の興奮状態になるような気がする。ほら、「考え出すと眠れない」し。思索に耽っているときって、ニューロンが刺激されて細かく震え、ニューロンとニューロンの間をシナプスがパチパチと火花を散らして伝達しているのを感じて(化学に弱いから単なるイメージなんだけど)…というのは誇張だけど、なんだか静かな興奮が気持ちいい。ランニングハイというのがあるんだから、「シンキング(thinking)ハイ」と言ってもいいかな。だから私にとっては「学ぶこと」と「思索すること」は喜びというより、“悦び”といったほうが正しい。

ぼんやり生きていてもそれなりに楽しいのだろうが、人間として生まれたからにはこういう悦楽も享受しなくちゃもったいないでしょうが。と、もはや脳細胞が壊れたり縮んでいくばかりの私は思うわけです。
posted by Marumameko at 17:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク
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