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こころの風景の新着記事

2008年01月31日

農薬入り餃子事件とツイッター

とほほ、回収対象商品を購入していました(笑)
在宅してテレビをつけていた私は、初め「食中毒事故」として流れたニュース速報を気に留めることもなかったのですが、しばらくして生協が扱った商品での毒物中毒事件だとの続報にびっくり。速報のテロップに見覚えがある商品名が流れたので、もっとびっくり。すぐに冷凍庫をチェック。うん、やっぱり。

他の回収対象商品リストをメモしたかったのですが、テロップからでは無理。そこで報道サイト、輸入業者のサイト、日本生活協同組合連合会のサイトをチェックしましたが、まだ「お知らせ」として更新されていませんでした。地域の生協サイトは激重で開くこともできません。

なんとなくですが、情報をネットに流しておこうとの考えが頭に浮かび、ツイッターにポストしました。といっても私のツイッターはfollowingもfollowersも(どちらも簡単にいえばfriends)がいないに等しいので「速報」の意味も成さず、当然反応があるわけがありません。しょぼ〜ん(笑)

こういうときのために、followingやfollowersを増やしておけば良かった。で、一人で夢想するわけです。
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posted by Marumameko at 12:15 | Comment(2) | TrackBack(0) | net このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年01月28日

「ブログはボトルレターのようなもの」という考え方

「ブログはボトルレターのようなもの」という考え方が好きです。いや、好きなんていう生半可なものじゃない。惚れ抜いています。心中覚悟です(笑)

先日この記事を読んで、つくづくそう思いました。
ブログ=ボトルメール、という距離感。 - 不倒城

私が「ブログはボトルレターのようなもの」という考え方と表現に、初めて胸がきゅ〜んとなったのはyas-toroさんのところです。当時の私はまだ「はてなブックマーク」の習慣が身についていなかったのであやふやなのですが、該当記事はたぶんこちら。
記憶の中にある楽園、これから作っていく楽園 - ひとりごと
 ボトルレターを毎日海に流して、誰も受け取って貰えないと思っていたけれど、実際は誰かに届いていたのだという事。これは凄く幸せな事だと思えた。勿論、流した数に対して拾われたという反応を貰える事は、パソ通時代に比べたら何百分の一かもしれない。でも「0じゃない」。
ブログを始めた頃の私は、海ではなく池や湖に自分のボトルレターを放り込んでいたのです。そしてその池や湖に浮かぶボトルレターの中で、私の瓶だけが何か異質に思えてならずあがいていました。(yas-toroさんやCONCORDEのTristarさんとは逆ですね。)そこから徐々に抜け出し、ようやく「海に投げるという意識」を獲得しつつあった頃なので、上記引用の文章を読んで胸が高鳴ったのでしょうね。

さて、惚れた相手がどこでどうやって生まれたかは気になるところ。「ブログはボトルレターのようなもの」という表現は、いつ頃、誰が使い始めたのでしょうか?

「ブログはボトルレターのようなもの」と書かれたボトルレターを探して拾い集めるため、「検索」と「はてな」を水先案内人にして、ネットの海を泳いでみました。
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posted by Marumameko at 15:37 | Comment(6) | TrackBack(2) | web・blog考 このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年01月26日

(笑)で伝えたいこと

にこにこマーク先日フィットネスクラブに入会しました。入会時にカウンセリングを兼ねた店長との面談があり、健康状態などいろいろ質問をされます。「何か運動をしていますか」と問われたので、「最近はまったくしていません。半年前は時々エクササイズのDVDなどですこしは……ビリーズブートキャンプとか…」と答えました。するとその若い女性の店長さんはいたずらっぽい表情になって「ビリーズブートキャンプ、ね…」とオウム返しに呟きながらニコニコしたので、思わず私も「えへへへ…」と笑ってしまいました。
そのときの店長さんの表情と笑いは冷笑や嘲笑ではなくて、「誰でも流行りモノには弱いよね」という共感を含むニュアンスだったからです。それからは訊かれないことまでべらべら話してしまうくらい、とても和やかな面談になりました。

先週(2008年1月23日)放映されたNHK番組『ためしてガッテン』の「解明!「会話」ブームの秘密」で、ちょうどこれに該当することが解説されたので驚きました。あれは「ミラー・ニューロン仮説」だったのですね。
ためしてガッテン過去の放送:「解明!「会話」ブームの秘密」

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posted by Marumameko at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | web・blog考 このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年01月24日

表現すること(メモ)

昨日のエントリにしても某ブログへのコメントにしても、どうも奥歯に物が挟まったような書き方しかできなくてモヤモヤしている。やはり自分自身へのメモとして書いておく。

昨年11月のある一件以来(注:最下段参照)、「丁寧に暮らす」という表現、そして似ているニュアンスの「地道にコツコツ努力」とか「ひとつひとつ努力を積み重ねることが大事」といった類の表現に出会うと、頭の中に≪ちょっと待てよ≫のサインが出るようになってしまった。そういう言葉が胡散臭いとまでは言わないけれど、説得力がないというのか、書いている人自身の言葉ではないから響いてこない。

「地道にコツコツ努力」とか「ひとつひとつ努力を積み重ねることが大事」というのはその通りなので、読む人に心地よくスッと入ってくる。そしてこういう便利な表現は、細かいことを端折ってもなんとなく伝えられる。
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posted by Marumameko at 12:43 | Comment(2) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク

2008年01月23日

柔らかな頭と心

自分とは違う発想や考え方をする人が書いたものを読むと、「目からウロコ」だったり「ガツンと一発殴られて」目が覚めたり、目の前が開けたりすることがあります。ブログについて言えば、「読む=インプット」では、自分の考えの裏付をしてくれそうな記事ばかりを選んでしまい勝ち。「書く=アウトプット」でも、おおかたは記事に対する同意・共感の「そーだそーだ」と、中には「ヨイショ」のコメント。それだけを読んで満足していては(もちろんうれしいですが)、他の立場や社会を見るきっかけは失われて、見方や考え方が狭くなってしまいます。

私は自由に生きたいから、固定観念や自ら築いた信念からも自由でいたいと思います。常に「柔らか頭」でいたいものです。

ところが「頭」は柔らかにしていることはできても、困難なのは「感情」からも解放されることです。「その考え方は嫌い、肌に合わない」と、生理的な感情で拒絶してしまうようなことは往々にしてあります。意見がすれ違う人のブログは読まなくなったりします。それで良い人はそれでいいんですけど。私はそういうのも克服したいと思うのですね。
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posted by Marumameko at 15:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモみたいな このエントリーを含むはてなブックマーク